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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1958号 判決

主文

一  第一審被告の控訴に基づき、原判決中の第一審被告敗訴部分を取り消す。

右取消部分に係る第一審原告の請求を棄却する。

二  第一審原告の控訴及び当審において拡張した部分の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1 原判決を次のとおり変更する。

(一) 第一審被告は、第一審原告に対し、金六〇三二万九一八八円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 第一審被告は、第一審原告に対し、昭和六〇年五月一〇日から支払済みまで、金一三一一万七五〇〇円に対する年八分二厘五毛の割合による金員を支払え。

2 第一審被告の控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

4 仮執行宣言

(なお、第一審原告は、当審において、請求金額及び遅延損害金の割合を1(一)、(二)のとおり減縮した。)

二  第一審被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  第一審原告の請求原因

1 第一審被告の違法な勧誘に基づく株式取引についての損害賠償請求

(一) 第一審原告はパキスタン人であり、パキスタンで絨毯の販売会社を経営している者であるが、商用でしばしば来日し、昭和五九年五月ころから、友人の乙山春夫(以下「乙山」という。)の紹介で、第一審被告青山支店(以下「青山支店」という。)において株式の取引をするようになった。

第一審原告が株式取引をする目的は値上がり益を得ることであり、また、投資資金はチェースマンハッタン銀行東京支店から借り入れていたが、青山支店の担当者もこれを承知していた。

(二) 第一審原告と第一審被告は、取引開始にあたり、有価証券売買取引委託契約を締結したが、第一審被告は商法上の問屋であるから、民法の委任の規定が準用され、顧客である第一審原告に対し、善良な管理者としての注意義務を負担しているところ、右の善良な管理者としての注意義務の中には、証券取引の専門家にふさわしい合理的な根拠に基づく勧誘、助言をなすべき義務が含まれており、しかも右の勧誘、助言は、顧客の資力、投資経験及び資金の性格等に応じた適切、妥当なものである必要がある。

特に、第一審原告は外国人であり、日本の経済や企業に関する知識が十分でないため、通常以上の注意義務が要求されるというべきである。

(三) 仮に、右の善管注意義務のなかに、証券取引の専門家にふさわしい合理的な根拠に基づく勧誘、助言をなすべき義務が含まれていないとしても、第一審被告は、証券投資の専門家であると宣伝、広告しているのであるから、顧客である第一審原告と有価証券売買取引委託契約を締結するにあたっては、第一審被告は第一審原告に対し、証券取引の専門家にふさわしい合理的な根拠に基づく勧誘、助言を行うとの約束が暗黙裡になされていたものというべきである。

したがって、第一審原告と第一審被告の間には、黙示の意思表示に基づく右の内容の委任類似の有価証券売買取引委託契約が成立している。

(四) 第一審原告は、昭和五九年一二月下旬、青山支店長武石幸男(以下「武石支店長」という。)及び同支店課長代理服部昭(以下「服部」という。)から、新光電気工業株式会社(以下「新光電気」という。)の株式は間違いなく一万一〇〇〇円から一万二〇〇〇円まで値上がりすると勧められて、同社の株式を同月二二日に一株七〇八〇円で二〇〇〇株、同月二四日に一株七一八〇円で一〇〇〇株、同月二五日に一株六八〇〇円で一〇〇〇株購入した(以下、これらを「本件新光電気株」という。)。

しかし、同社の株式は一株当たり最高値七八〇〇円にしかならず、第一審原告は、同六二年二月六日、その間に無償増資で割り当てられた一〇〇〇株を含む合計五〇〇〇株を一株当たり一一七〇円で売却し、別紙計算書(一)の第一の一記載のとおり、株式購入資金の利息を含め合計二七六三万〇五五一円の損害を被った。

(五) 第一審原告は、同六〇年四月二五日、武石支店長及び服部から、半導体関連株は間違いなく値上がりすると勧められて、三井ハイテック株式会社(以下「三井ハイテック」という。)の株式を一株五四九〇円で一〇〇〇株購入した(以下「本件三井ハイテック株」という。)。

しかし、同社の株式はほとんど値上がりしなかったため、第一審原告は、同六二年二月五日、右株式を一株当たり一八一〇円で売却し、別紙計算書(一)の第一の二記載のとおり、株式購入資金の利息を含め合計四五八万五〇三四円の損害を被った。

(六) 第一審原告は、同六〇年五月一〇日、武石支店長及び服部から、半導体関連株は間違いなく値上がりすると強く勧められて、アドバンテスト株式会社(当時の商号はタケダ理研工業株式会社、以下「タケダ理研」という。)の株式を一株六五〇〇円で二〇〇〇株購入した(以下「本件タケダ理研株」という。)。

しかし、同社の株式はほとんど値上がりしなかったため、第一審原告は現在も右株式を所有しているが、本訴訟の口頭弁論終結時の市場価格(平成七年一二月一一日の東京証券取引所終値)は一株当たり五四六〇円で合計一〇九二万円であるから、右株式の値下がりによる損害は別紙計算書(一)の第二の一A記載のとおり二一九万七五〇〇円である。

また、第一審原告は、銀行から一三一一万七五〇〇円の借金をして右株式を購入したが、右借入金の利息(年八分二厘五毛)も相当因果関係の範囲内の損害である。

(七) 武石支店長及び服部は、右(四)ないし(六)の本件新光電気株、本件三井ハイテック株及び本件タケダ理研株(以下、これらの株式を合わせて「本件三銘柄の株式」ともいう。)の購入に際し、第一審原告に対して、これらの株式が間違いなく値上がりすると断定したが、これは証券取引法五〇条一項一号が禁止している「価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為」に該当する。

また、日本の半導体市場は、昭和五九年下半期ころから市況が軟化し始め、各社とも業績が悪化する兆候が出ており、同六〇年四月ころには業績の低下が表面化し、その後も暫くは回復が見込めず不況が続くと考えられていた。そして、このことは日本経済新聞等において頻繁に報道されていた。

したがって、同五九年末から同六〇年上半期において半導体関連企業の株式を推奨する合理的理由がないにもかかわらず、武石支店長及び服部が、第一審原告に対し、間違いなく値上がりすると断定的判断を提供して本件三銘柄の株式を推奨したことは、前記(二)、(三)の善管注意義務に違反するものであり、債務不履行及び不法行為を構成する。

なお、本件三銘柄の株式を推奨する積極的な要因が存在したとしても、右のとおり消極的な要因を報道する新聞記事が多数存在していたのであるから、証券取引の専門家である第一審被告としては、顧客である第一審原告に対し、右の消極的要因についても資料を提示して十分に説明する義務があるのに、右義務を履行しなかった。

(八) よって、第一審被告は、第一審原告に対し、債務不履行又は不法行為に基づいて、別紙計算書(一)の第一の三及び第二の一A3の合計金額三四四一万三〇八五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成四年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに一三一一万七五〇〇円に対する本件タケダ理研株の購入日である昭和六〇年五月一〇日から支払済みまで年八分二厘五毛の割合による金員の支払義務がある。

2 無断売買、法律行為の無効又は短期回転売買による預託金返還請求

(一) 第一審原告は、本件三銘柄の株式取引により多額の損害を被ったため、昭和六一年一〇月ころ、第一審被告に抗議したところ、第一審被告は、新規公開株や新規発行の転換社債を第一審原告に割り当てることにより、右損害の賠償に努めることを約束した。

そして、第一審被告は、第一審原告に対し、右の約束に基づいて、同年一〇月三一日から同六二年二月九日までの間に、合計九〇〇万円余りの利益を得させたが、これらの取引は第一審被告から第一審原告に対して照会がなされ、第一審原告がその都度売買の指示をしたものであった。

(二) ところが、第一審原告が同六二年二月二〇日にパキスタンに帰国するや、青山支店の江藤五十吉支店長(以下「江藤支店長」という。)らは、第一審原告が第一審被告に寄託していた預託金を使用して、第一審原告に無断で、同年四月二一日、東京電力の株式二〇〇〇株(一株九三一〇円、手数料、有価証券取引税を含む売買代金合計一八七七万五三四〇円、以下「本件東京電力株」という。)を、同月二二日、NTTの株式五株(一株三一六万円、手数料、有価証券取引税を含む売買代金合計一五九三万五六〇〇円、以下「本件NTT株」という。)を購入した。

(三) 第一審原告は、本件NTT株買付け当時の日本電信電話株式会社法四条により、同株式を取得することができない外国人であったから、同株式の売買は目的の不能により無効である。

(四) 第一審被告は、第一審原告が同年二月二〇日に帰国してから同年五月四日に再来日するまでの短期間に、別紙計算書(二)の第一の一、二及び第二の一ないし八記載のとおり、第一審被告会社の新規発行転換社債やNTT株等を頻繁に売り買いして、多額の手数料を稼いでいる。

本件東京電力株及び本件NTT株の売買は、右の手数料稼ぎを目的とする短期回転売買の一環としてなされたものであるから、公序良俗に反し無効である。

(五) 右(二)ないし(四)のとおり、本件東京電力株及び本件NTT株の売買は、無断売買として第一審原告に帰属しないか又は目的の不能、公序良俗違反により無効なものであるところ、その買付代金の合計額は別紙計算書(二)の第一のとおり合計三四七一万〇九四〇円であるが、第一審原告が帰国中に第一審被告が行った無断売買又は無効な売買による利益は同第二のとおり合計八七九万四八三七円であるから、第一審原告は第一審被告に対し、右差額金二五九一万六一〇三円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成四年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1(一)のうち、前段は認めるが、後段は不知ないし否認する。

(二) 同(二)のうち、第一審原告と第一審被告が有価証券売買取引委託契約を締結したこと、第一審被告が第一審原告に対し善良な管理者としての注意義務を負担していることは認めるが、その余の主張は争う。

なお、右の善良な管理者としての注意義務は、第一審被告が顧客の委託に基づいて有価証券の売買取引を行うについての注意義務である。第一審原告が主張するような、証券取引の専門家にふさわしい合理的な根拠に基づく勧誘、助言をなすべきことは、右の善管注意義務には含まれていないし、また、証券会社と顧客が締結する有価証券売買取引委託契約の内容にもなっていない。

(三) 同(三)は否認する。

(四) 同(四)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件新光電気株を購入したこと、第一審原告が本件新光電気株を含む新光電気の株式五〇〇〇株を第一審原告主張の日に同主張の値段で売却したことは認めるが、武石支店長及び服部が新光電気の株式は一万一〇〇〇円から一万二〇〇〇円まで値上がりすると断定したことは否認し、その余は争う。

(五) 同(五)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件三井ハイテック株を購入したこと、第一審原告が本件三井ハイテック株を第一審原告主張の日に同主張の値段で売却したことは認めるが、その余は争う。

(六) 同(六)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件タケダ理研株を購入したことは認めるが、その余は不知ないし争う。

(七) 同(七)は争う。

武石支店長及び服部は、本件三銘柄の株式を推奨するに当たり、会社四季報、日経会社情報、株価チャート等の資料に基づいて、当該企業の業績、当時の半導体市場の状況、同業他社の株価の値動き等を総合的に検討しており、その判断は合理的なものであった。

(八) 同(八)は争う。

2(一) 請求原因2(一)のうち、第一審原告が昭和六一年一〇月ころ本件三銘柄の株式取引により損害を被ったとして第一審被告に抗議したこと、第一審原告が同年一〇月三一日から同六二年二月九日までの間に第一審被告を通じて行った株式取引により九〇〇万円余りの利益を上げたこと、右取引が第一審原告の指示に基づくものであったことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同(二)のうち、第一審原告主張のとおり本件東京電力株及び本件NTT株の売買が行われたことは認めるが、その余は否認する。

右売買は第一審原告の意思に基づくものである。すなわち、第一審原告の帰国中の株式取引については、第一審原告と江藤支店長との間で事前に、乙山が了解すれば第一審原告も了解したものとするとの包括的な合意が成立しており、右売買は右合意に基づいてなされたものである。

(三) 同(三)は争う。

改正前の日本電信電話株式会社法は、同社の株式は日本国民に限り所有することができると定めていたが、右規定は、外国人について株主としての権利行使を目的とした同社株式の取得を禁止したものであり、外国人であっても売買差益を目的とし株主名簿への記載をしない売買については有効と解すべきである。

(四) 同(四)のうち、別紙計算書(二)の第一の一、二及び第二の一ないし八記載のとおりの株式売買が行われたことは認めるが、その余の主張は争う。

(五) 同(五)は争う。

三  第一審被告の抗弁(不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効)

第一審原告は、本件三銘柄の取引により多額の損失を被ったとして、昭和六一年一〇月ころ第一審被告に抗議しているのであるから、遅くともそのころには右の損害及び加害者を知ったものであるところ、本訴訟は、右の時点から三年以上経過した平成四年五月に提起されているから、本件三銘柄の取引についての不法行為に基づく損害賠償請求権は既に時効消滅している。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第一審被告は、第一審原告の苦情申出に対し、不十分ではあったが損失の回復に取り組む姿勢を見せてきた。特に、昭和六三年一〇月四日には、第一審被告の大沢健吾常務が第一審原告に対し、責任を持つ旨述べたことから、第一審原告は、第一審被告が損失回復のための措置をとってくれるものと信頼した。ところが、第一審原告が、平成元年一一月ころ、青山支店に赴いたところ、江藤支店長は転勤で同支店に在籍せず、他の支店員も第一審原告の申入れに対し誠意ある対応をしなかったことから、第一審原告は、この時点で損害が回復されない可能性があるとの疑いをもった。

したがって、第一審原告が本件三銘柄の取引について損害及び加害者を知ったのは右の平成元年一一月ころである。

五  第一審原告の再抗弁

1 債務の承認ないし時効利益の放棄

抗弁に対する認否に記載した第一審被告の対応は、消滅時効の中断事由である債務の承認ないし時効利益の放棄に該当する。

2 権利の濫用ないし信義則違反

第一審被告は、外国人で日本の実情を知らない第一審原告に対し、損害賠償責任を履行するかの如き言動をして、第一審原告が本訴訟を提起する機会を奪ったものであるから、消滅時効の主張をすることは権利の濫用ないし信義則違反に該当する。

3 時機に遅れた攻撃防御方法

第一審被告が本件消滅時効の主張をしたのは控訴審の第二回口頭弁論期日であるところ、新たに時効の成否を争点とすることによる訴訟の遅延を考慮すれば、右主張は時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1は争う。

第一審被告は、第一審原告に対して損害賠償義務を負っているとの認識がなかったから、債務の承認ないし時効利益の放棄をすることはあり得ない。仮に、大沢健吾常務が第一審原告主張のような言動をしたとしても、それは道義的責任について述べたものであり、法的責任を負担する旨述べたものではない。

2 再抗弁2は争う。

3 再抗弁3は争う。

消滅時効の主張を第一審でしなかったことをもって第一審被告に故意過失があったとはいえないし、右主張は控訴審の第二回口頭弁論期日になされているのであるから、訴訟の遅延をもたらすものともいえない。

第三  当裁判所の判断

一  本件三銘柄の株式取引に関する損害賠償請求について

1 請求原因1(一)の前段の事実、同(二)のうち、第一審原告と第一審被告が有価証券売買取引委託契約を締結したこと、第一審被告が第一審原告に対し善管注意義務を負担していること、同(四)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件新光電気株を購入したこと、同(五)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件三井ハイテック株を購入したこと、同(六)のうち、第一審原告が武石支店長及び服部から勧められて第一審原告主張の日に同主張の値段で本件タケダ理研株を購入したことは当事者間に争いがない。

2 第一審原告は、第一審被告は商法上の問屋として顧客である第一審原告に対し善管注意義務を負担しているところ、右善管注意義務の中には合理的な根拠に基づいて株式取引の勧誘、助言をなすべき義務が含まれていると主張しているが、右の善管注意義務は、基本的には第一審被告の主張するとおり、第一審被告が顧客の委託に基づいて有価証券の売買取引を行うについての注意義務であると解するのが相当である。

しかし、証券会社は証券取引の専門家であり、証券についての知識、経験並びに情報を収集し分析、評価する能力を有し、右の知識、経験、情報をもって顧客の投資相談に応じ助言する旨の宣伝、広告をしており(《証拠略》によれば、第一審被告も右の趣旨の広告をしていることが認められる。)、顧客も、証券取引の専門家としての証券会社の勧誘、助言を信頼して、投資するか否かの意思決定をする場合が少なくないのであるから、証券会社は、顧客から求められれば、証券取引について専門家としての合理的な根拠に基づく助言をなすべき義務(右義務は有価証券売買取引委託契約に基づく付随的義務である。)を負担しており、証券会社の外務員が合理的根拠のない投資勧誘、助言をすることは債務不履行及び不法行為を構成し、その結果、顧客が損害を被った場合はこれを賠償する責任があると解するのが相当である。

なお、株価は、当該会社の将来の収益能力、これを左右する因子としての政治・社会・経済情勢の変動、経営政策、株式市場の動向等の多くの要因によって決定されるものであり、その動きは確実に予測できない性質のものであるから、証券会社の営業担当職員が、当時の資料による合理的な判断に基づいて株式の勧誘、助言を行った場合は、結果として顧客が損害を被ったとしても、証券会社は損害賠償責任を負わないものというべきである。

3 前記1の当事者間に争いがない事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 第一審原告はパキスタン人であり、ロンドンの大学を卒業後、パキスタンで絨毯の販売会社を経営していたが、昭和四九年ころから商用でしばしば来日し、同五三年ころから山一証券で株式取引をしていた。

第一審原告は、パキスタンからオニックスという石を輸入する会社を経営していた友人の乙山の紹介で、同五九年五月、第一審被告との間に有価証券売買取引委託契約を締結し、青山支店で株式取引を行うようになった。

第一審原告が株式取引をする目的は値上がり益を得ることであり、投資資金の大部分をチェースマンハッタン銀行東京支店から借り入れていたが、青山支店の武石支店長及び第一審原告の担当者である服部はこれらのことを知悉していた。

なお、第一審原告は、日本語について、日常的な会話は三分の一程度理解する能力を有していた。

(二) 第一審原告は武石支店長の勧めにより、昭和五九年五月一七日、タケダ理研の株式を一株九六〇〇円で一〇〇〇株、東京エレクトロンの株式を一株四五五〇円で一〇〇〇株購入し、さらに同支店長からタケダ理研が近く無償増資をするとの情報を得て、同社の株式を同月二一日に一株九一五〇円で一〇〇〇株、同月二四日に一株九八〇〇円で一〇〇〇株購入した。そして、第一審原告は、同年七月三一日、株式分割によりタケダ理研の株式三〇〇〇株を取得した。

第一審原告は、同年六月二五日に離日したが、同年九月一四日、タケダ理研の株式一〇〇〇株を一株六八一〇円で売却し、同月一九日、東京エレクトロンの株式一〇〇〇株を一株五九〇〇円で売却して、いずれも利益を得た。

(三)(1) 第一審原告は、同年一一月一一日に来日し、同六〇年一月一日まで日本に滞在した。

第一審原告は、同五九年一二月一二日、チノンの株式を一株一四三〇円で二〇〇〇株購入した(なお、同株式は、同六〇年三月一五日、一株一六五〇円で全部売却され、第一審原告は利益を得た。)。

(2) 武石支店長及び服部は、同年一二月初旬、第一審原告に対し、半導体関連企業の新光電気が近く株式を上場するが、同種業者の三井ハイテックが株式を上場したときは一株一万七二〇〇円まで急騰したので、新光電気の株価も一株一万一〇〇〇円から一万二〇〇〇円まで値上がりするのではないかとの予測を述べて、同社の株式の購入を勧めた。

第一審原告は、右の勧めにしたがって、新光電気の株式を、同月二二日に一株七〇八〇円で二〇〇〇株、同月二四日に一株七一八〇円で一〇〇〇株、同月二五日に一株六八〇〇円で一〇〇〇株購入した(本件新光電気株)。

なお、新光電気の株式は同月二一日に新規上場され、同六〇年二月二六日に一株七八八〇円まで値上がりしたが、その後値下がりし、同年三月に一株当たり〇・二五株の無償増資がなされた後も低迷が続いていた(第一審原告も右無償増資により一〇〇〇株取得した。)。

(3) 日本の半導体業界は昭和五九年度は空前の好況であったが、米国では下半期からパソコンの販売量の鈍化と半導体の生産量の増加による急激な値崩れが始まり、米国に半導体を輸出していた日本の半導体企業にも次第にその影響があらわれ、同年一〇月以降、日本の新聞も、半導体需要の伸びの鈍化と供給過剰による価格の低下について報道するようになった(甲第五二号証の一、二〔同年一〇月二日〕、第五三号証の一、二〔同年一一月六日〕、第五七号証の一、二〔同年一一月八日〕、第五八号証の一、二〔同年一一月一五日〕、第五四号証の一、二〔同年一一月一六日〕、第五九号証の一、二〔同年一一月二二日〕、第六〇号証の一、二〔同年一一月二九日〕、第六一号証の一、二〔同年一二月一日〕、第二四号証の一、二〔同年一二月五日〕、第二五号証の一、二〔同年一二月八日〕、第六二号証の一、二〔同年一二月一〇日〕、第六三号証の一、二〔同年一二月一〇日〕、第五五号証の一、二〔同年一二月一一日〕、第六四号証の一、二〔同年一二月一三日〕)。

しかし、右新聞記事の中には、同六〇年初めには需要が均衡する局面を迎えようとの記事(甲第五七号証の一、二〔同年一一月八日〕)、日本の半導体メーカーの多くは一時的な在庫調整的現象で需要の伸びは今後も続くとみているとの記事(甲第五四号証の一、二〔同年一一月一六日〕)、受注額がひところより低下しているようだが心配はしていない、夏以降徐々に環境が好転していくのではないかとの業界関係者の発言記事(甲第六三号証の一、二〔同年一二月一〇日〕)も存在していた。

(4) 武石支店長及び服部は、昭和五九年一二月一〇日発行の会社四季報(乙第二二号証の一、二)、日経会社情報(乙第二三号証の一、二)及び勧角経済研究所の資料等に基づいて、半導体市場の動向、新光電気の業績、経営者の姿勢や今後の事業展開の見通し、株式の需給動向、同業他社の株価の動き等を総合的に検討して、第一審原告に本件新光電気株の購入を勧めたものであるが、右の各資料には、新光電気につき、

〈1〉 同会社が、ICリードフレームの製造を主体とする半導体関連企業であること、

〈2〉 同五九年下期は輸出にかげりが見られたが、リードフレームの製造を軸に内需は依然活発であり、利益が急拡大していること、

〈3〉 同五九年七月米国現地法人が現地生産を開始し、また、技術開発力を高め、半導体周辺の新分野を積極的に開拓しようとしていること、

〈4〉 業績は、同五九年三月期に比べ、同六〇年三月期、同六一年三月期とも上昇する見込みであること、

〈5〉 同五九年一二月に新規上場予定であり、同六〇年三月及び同年九月に一株当たり〇・二ないし〇・三株の無償増資が行われると予測されていること、

等が記載されていたことが認められる。

また、新光電気と同業の三井ハイテックは同五九年九月に株式を新規上場したが、同社の株価は一、二か月後には一株一万七二〇〇円まで急騰していた。

なお、同年一二月一四日の日本経済新聞(乙第二八号証の一、二)には、新規上場株の横顔として、新光電気が半導体関連製品の製造会社であり、下期はリードフレームの伸びがやや鈍りそうだが、セラミックス製品の増産体制が整い業績に本格的に寄与してくること、米国のリードフレーム工場も一貫生産体制が整うなど国際化への取組も意欲的であるとの紹介記事が掲載されていた。

武石支店長及び服部は、右のうち、特に新光電気の業績、新規上場株であり無償増資の予定があること及び同業の三井ハイテックの株価の値上がり例に重きをおいて、新光電気の株価が値上がりすると判断したものであった。

(四)(1) 第一審原告は、同六〇年四月二日に来日し、同年六月一一日まで日本に滞在した。

武石支店長及び服部は、同年四月下旬、第一審原告に対し、三井ハイテックとタケダ理研は今株価が安値圏内にあるので、もうすぐ値上がりするのではないかと述べて、右各社の株式の購入を勧めた。

第一審原告は、右の勧めにしたがって、同月二五日、三井ハイテックの株式を一株五四九〇円で一〇〇〇株(本件三井ハイテック株)、タケダ理研の株式を一株六四〇〇円で一〇〇〇株購入し、同月二五日、タケダ理研の株式一〇〇〇株を一株六八〇〇円で売却して利益を上げた。また、第一審原告は、同年五月一〇日、タケダ理研の株式を一株六五〇〇円で二〇〇〇株(本件タケダ理研株)購入した。

なお、三井ハイテックの一株当たりの株価は、同五九年九月の新規上場後一万七二〇〇円まで上昇したが、同年一一月に一株当たり一株の無償増資がなされて八〇〇〇円となり、その後値下がりを続けて同六〇年四月中旬には五〇〇〇円近くまで下がり、その後多少値上がりして同年四月末から五月初めは五五〇〇円台まで回復したが、再び値下がりした。

また、タケダ理研の一株当たりの株価は、同五九年七月の株式分割後、同年一〇月六日に八〇四〇円まで値上がりし、その後同六〇年一月二九日に五七一〇円まで値下がりし、同年三月二〇日に七五〇〇円まで回復したが、その後は小刻みな上下を繰り返しながら次第に値下がりした。しかし、同社の株価は、同年一二月一三日には一株六三五〇円に、同六一年六月二日には一株六九三〇円に回復している。

(2) 昭和六〇年度の半導体市場は世界的に不況で、日本も同様であり、同年初頭から同年五月にかけての日本の新聞には、価格の値下げが続いていることや(甲第二六号証の一、二〔同年一月五日〕、第三四号証の一、二〔同年三月二四日〕、甲第三七号証の一、二〔同年四月一六日〕)、日本も需要調整局面に入ったことを報道する記事(甲第三四号証の一、二〔同年三月二四日〕)、日本の企業が強気の設備投資をすることについて日米間の貿易摩擦の再燃を懸念したり(甲第二九号証の一、二〔同年二月七日〕、第三〇号証の一、二〔同年三月二日〕、第三二号証の一、二〔同年三月八日〕)、半導体不況の長期化を危惧する記事(甲第六五号証の一、二〔同年一月二四日〕、第三六号証の一、二〔同年四月一四日〕が掲載され、同年五月一〇日には、米国政府から日本政府に対して設備増強抑制の申し入れが行われたことが報道された(甲第三八号証の一、二)(なお、半導体市場の不況を報道するその他の新聞記事として、甲第五六号証の一、二〔同年一月八日〕、第二七号証の一、二〔同年一月二一日〕、第二八号証の一、二〔同年一月二五日〕、第六六号証の一、二〔同年一月三〇日〕、第三一号証の一、二〔同年三月七日〕、第三三号証の一、二〔同年三月一〇日〕、雑誌記事として甲第六八号証〔同年二月一六日〕が存在する。)。

しかし、新聞記事の中には、米国の不況について年内不況説とともに早期回復説があることを紹介する記事(甲第三一号証の一、二〔同年三月七日〕)、日本の企業は相変わらず強気の設備投資を計画していることを報道する記事(甲第三三号証の一、二〔同年三月一〇日〕)、半導体の国内市場は一月から二月が底で、在庫調整が進み四月以降に好転の兆しが出てくるとの記事(乙第三五号証の一、二〔同年三月一五日〕)、中長期的にみて半導体産業が高い成長を持続することは間違いないことをも述べる記事(甲第三四号証の一、二〔同年三月二四日〕)、今日の景気後退は短期の成長鈍化にとどまろうとの見解を述べる記事(甲第三五号証の一、二〔同年四月四日〕)も存在していた。

なお、同年三月二三日付けの週刊東洋経済(甲第六九号証)には、三井ハイテックの同年二、三月の受注量が二割方減少したが、日本の半導体企業は長期的な観点から強気の設備投資姿勢を崩しておらず、このため製造装置メーカーは今のところほとんど被害を受けていないとの記事が掲載されていた。

(3) 武石支店長及び服部は、同年三月一一日発行の会社四季報(乙第二五号証の一ないし三)、日経会社情報(乙第二六号証の一ないし三)及び勧角経済研究所の資料及び株価チャート等の資料に基づいて、半導体市場の動向、三井ハイテック及びタケダ理研の業績、経営者の姿勢や今後の事業展開の見通し、株式の需給動向等を総合的に検討して、第一審原告に本件三井ハイテック株及び本件タケダ理研株の購入を勧めたものであるが、右の各資料には、三井ハイテックについては、

〈1〉 同社は、IC用リードフレームの製造を主体とする半導体関連企業であり、同製品では世界シェアの三割以上を有していること、

〈2〉 同六〇年度上期は在庫調整の影響を受けたが、四月以降回復する見込みであること、

〈3〉 国内、国外の工場を増強してシェアの拡大を狙っていること、金型部門を強化し、新製品を増加させようとしていること、

〈4〉 業績は、同五九年一月期に比べ、同六〇年一月期は大幅に伸び、同六一年一月期も続伸する見込みであること、

〈5〉 同五九年九月に株式を新規上場し、株価は一万七二〇〇円まで高騰したこと、同年一一月に一株当たり一株の無償増資が行われたこと、タケダ理研については、

〈1〉 同社は、半導体検査機器及び高級測定器を製造している会社で、ハイテクの小型高成長株と評価されていること、

〈2〉 半導体メーカーの設備投資は依然活発で主力のIC・LSIテスターの繁忙が続いていること、計測機も順調で収益は高水準であること、

〈3〉 ICテスターは、一メガ、四メガ用など高密度化への対応に力を注いでいること、計測機も新製品を開発したこと、

〈4〉 業績は、同五九年三月期に比べ、同六〇年一月期は大幅に伸び、同六一年三月期も続伸する見込みであること、

〈5〉 同五八年二月に株式を新規上場し、株価の上昇と株式分割を繰り返していること、直近では同五九年七月に一株を二株にする株式分割を行ったこと、

がそれぞれ記載されていることが認められる。

なお、同六〇年四月八日の日経産業新聞(乙第四六号証の一、二)には、タケダ理研が同年五月に転換社債を発行する予定であるとの記事が、また、同月二〇日の日本経済新聞(乙第四七号証の一、二)には、日本公社債研究所が右転換社債をAマイナスに格付けしたとの記事が、さらに、同年五月二日の日本証券新聞(乙第四八号証の一、二)には、同社の株価が七〇〇〇円台を回復し、同年三月の戻り高値七五〇〇円を奪回するのは早そうであるとの記事が掲載されていた。

武石支店長及び服部は、右のうち、三井ハイテックについては、これまでの業績と同六〇年四月以降回復するとの見通し、これまでの株価の実績から妥当値は一株六〇〇〇円ないし八〇〇〇円と考えられるところ、現在の株価は五四九〇円でこれを下回っており上昇の気配が認められたこと、タケダ理研については、同社の業績が依然として好調であったこと、同社の株価は新規上場後株価の上昇と株式分割を繰り返しており、今後も上昇が予測されたこと、同年五月に転換社債が発行される予定であったことにそれぞれ重きをおいて、右各社の株価が値上がりすると判断したものであった。

4(一) 武石支店長及び服部が本件新光電気株を第一審原告に勧めたことの合理性についてみるに、右3(三)(3)のとおり、日本の半導体市場も同五九年の暮れころから徐々に米国の不況の影響を受けるようになり、日本の新聞もこれを報道していたが、新聞記事の中には、右は一時的な在庫調整で需要の伸びは今後も続くとの記事も存在したこと、右3(三)(四)のとおり、当時の資料によれば、新光電気は同五九年下期は輸出にかげりが見られたが、内需は活発で、今後も業績の伸長が予測されており、同年一二月に株式を新規上場する予定で、同六〇年三月と九月に無償増資が見込まれていたこと、また、同業の三井ハイテックの株価も同五九年九月の新規上場後急騰していたことからすると、武石支店長及び服部の前記判断(右3(三)(四))は合理的な根拠を有するものであったと認められる。

(二) 武石支店長及び服部が本件三井ハイテック株及び本件タケダ理研株を第一審原告に勧めたことについても、右3(四)(2)のとおり、同六〇年度の半導体市場は世界的に不況であり、同年初頭から五月にかけての日本の新聞にも、不況の長期化を危惧する記事等が掲載されていたが、新聞記事の中には、今回の景気後退は短期の成長鈍化にとどまるとの見解を述べる記事等も存在したこと、三井ハイテックについては、右3(四)(3)のとおり、当時の資料によれば、同社は同六〇年度上期は在庫調整の影響を受けたが、四月以降回復する見込みであり、業績は今後も伸びるものと予測されていたことが認められること、また、右3(四)(1)のとおり、同社の株式は同五九年九月の新規上場後一万七二〇〇円まで急騰し、同年一一月に一株当たり一株の無償増資が行われたこと、その後、同社の株式は五〇〇〇円近くまで値下がりしていたが、同六〇年四月中旬ころから再び値上がりする気配が認められたこと、タケダ理研については、右3(四)(3)のとおり、当時の資料によれば、同社は半導体の検査機器を製造する会社で、半導体市場の不況にもかかわらず半導体メーカーの設備投資が活発なため繁忙が続いており、業績は今後も伸びるものと予測されていたことが認められること、また、同社の株式は新規上場後株価の上昇と株式分割を繰り返していたこと、さらに、同社が同年五月に転換社債を発行する予定であることを報道する新聞記事や、同社の株価が早期に七五〇〇円まで回復するとの予測記事が存在していたことからすると、武石支店長及び服部の前記判断(右3(四)(3))は合理的な根拠を有するものであったと認められる。

(三) 右(一)、(二)のとおり、武石支店長及び服部が第一審原告に本件三銘柄の株式を勧めたことについては合理的な根拠があったものというべきであるから、第一審原告が外国人であり日本語の読み書きがほとんどできないこと、投資資金の大部分を銀行から借り入れていること、半導体市場の不況を報道した新聞記事を第一審原告に提示しなかったことを考慮しても、武石支店長及び服部の右の行為が善管注意義務に反するものとは認められない。

なお、第一審原告は、武石支店長及び服部が本件三銘柄の株式を第一審原告に勧めるに際して、これらの株式が間違いなく値上がりする旨断定したと主張し、第一審原告の供述中には右主張に沿う部分が存在するが、右供述部分は、これを否定する服部昭の証言(原審)に照らしてたやすく措信できず、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

また、武石支店長及び服部が、本店の決定した推奨銘柄の販売割当(ノルマ)を達成することを目的として、本件三銘柄の株式を第一審原告に購入させたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、第一審原告の本件三銘柄の株式についての損害賠償請求は理由がない。

二  無断売買、法律行為の無効又は短期回転売買による預託金返還請求について

1 請求原因2(一)のうち、第一審原告が昭和六一年一〇月ころ本件三銘柄の株式取引により損害を被ったとして第一審被告に抗議したこと、第一審原告が同年一〇月三一日から同六二年二月九日までの間に第一審被告を通じて行った株式取引により九〇〇万円余りの利益を上げたこと、右取引が第一審原告の指示に基づくものであったこと、同(二)のうち、第一審原告主張のとおり本件東京電力株及び本件NTT株の売買が行われたこと、同(四)のうち、別紙計算書(二)の第一の一、二及び第二の一ないし八記載のとおりの株式売買が行われたことはいずれも当事者間に争いがない。

2 右争いのない事実に、《証拠略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断略》

(一) 第一審原告は、昭和六〇年九月五日に来日し、同年一一月二六日まで日本に滞在した。

第一審原告は、武石支店長の後任の田窪忠彦支店長及び服部に対し、本件三銘柄の株価が値下がりしていることについて苦情を述べたが、暫く様子を見るようにいわれた。

(二) 第一審原告は、同六一年三月二九日に来日し、同六二年二月二〇日まで日本に滞在した。

第一審原告は、同六一年一〇月三日、第一審被告本社の小田忠雄取締役に面会し、本件三銘柄の取引で評価損が出ていることについて苦情を述べた。

江藤支店長は、田窪忠彦支店長の後任として同月一五日に青山支店に着任し、服部の後任の中川廣(以下「中川」という。)を伴って乙山の事務所に挨拶に赴いたところ、乙山から第一審原告を引き合わされ、第一審原告は多額の評価損を被っているので何とか面倒を見てやってほしい旨要請された。

そして、第一審原告は、同年一〇月三一日から同六二年二月九日までの間に、新規公開株や新規発行の転換社債の割当てを受けたり、日立製作所等の株式取引により合計九〇〇万円余りの利益を上げた。なお、右の取引は、ほとんど乙山同席の下に、第一審原告がその都度売買の指示をしたものであった。

(三) 第一審原告は、同六二年二月四日、第一審被告の本部第二ブロック長である河野清と面会し、それまでの評価損について善処を要望した。

第一審原告は、河野清の尽力により、同月七日、アイネスの新規公開株を一株三七八〇円で一〇〇〇株、同月九日、第一審被告の新規発行転換社債一万五〇〇〇株相当を一五〇〇万円で購入した。なお、第一審原告は右の転換社債の購入資金を得るために、同月五日に本件三井ハイテック株を、同月六日に本件新光電気株を売却し、約二六〇〇万円の実現損(実際に売買することによる買値と売値の差額)が発生した。

(四) 第一審原告が二、三か月間帰国することになったことから、第一審原告、乙山、江藤支店長及び中川が、同月上旬、帰国中の株式取引について相談するため乙山の事務所で会合し、今後の投資対象として当時人気のあったNTTや東京電力が話し合われたが、実際の株式取引は第一審被告が乙山に相談して行う旨の合意が三者間で成立した。

(五) 第一審原告が同月二〇日に帰国してから同年五月四日に来日するまでの間に、江藤支店長が乙山と相談をして行った株式取引は次のとおりであり、第一審原告は、〈1〉、〈2〉の利益のほかに、別紙計算書(二)の第二のとおり八七九万四八三七円の利益を挙げたほか本件NTT株及び本件東京電力株を取得した。

〈1〉 二月二五日、第一審被告の新規発行転換社債一万五〇〇〇株相当を二〇二五万円で売却して五一〇万六九六二円の利益を得た。

〈2〉 同月二六日、アイネスの株式を一株六〇〇〇円で一〇〇〇株売却して二一二万六〇〇〇円の利益を得た。

〈3〉 同月二七日、乙山が〈1〉の売却について早く売りすぎたのではないかと述べたので、第一審被告の新規発行転換社債二万株相当を二七五八万円で購入した。

〈4〉 同月二八日、第一審被告の新規発行転換社債二万株相当を二八二〇万円で売却して二一万七五九五円の利益を得た。

〈5〉 三月三日、NTTの株式を一株二七〇万円で一〇株購入した。

〈6〉 同月四日、NTTの株式一〇株を一株二七〇万円で売却して二三八万六〇〇〇円の利益を得た。

〈7〉 同月一二日、〈4〉の売却後さらに値上りし、そこから下がって来たところで、第一審被告の新規発行転換社債二万株相当を二八二〇万円で購入した。

〈8〉 同月一八日、第一審被告の新規発行転換社債二万株相当を二九〇〇万円で売却して三九万一〇二二円の利益を得た。

〈9〉 同日、東京ガスの株式を一株一二五〇円で二万株購入した。

〈10〉 同月二六日、東京ガスの株式二万株を一株一三五〇円で売却して一四三万七五〇〇円の利益を得た。

〈11〉 同月二七日、NTTの株式を一株二七三万円で一〇株購入した。

〈12〉 四月一日、NTTの株式一〇株を一株二八三万円で売却して四〇万五一五〇円の利益を得た。

〈13〉 同日、日本道路の株式を一株一三一〇円で二万株購入した。

〈14〉 同月三日、日本道路の株式二万株を一株一三九〇円で売却して一〇一万九一〇〇円の利益を得た。

〈15〉 同日、NTTの株式を一株二八二万円で一二株購入した。

〈16〉 同月二一日、NTTの株式一二株を一株三一〇万円で売却して二六三万〇二〇〇円の利益を得た。

〈17〉 同日、東京電力の株式を一株九三一〇円で二〇〇〇株購入した(本件東京電力株)。

〈18〉 同月二一日、モトローラの株式を二〇〇〇株購入した。

〈19〉 同月二二日、モトローラの株式二〇〇〇株を売却して三〇万八二七〇円の利益を得た。

〈20〉 同日、NTTの株式を一株三一六万円で五株購入した(本件NTT株)。

(六) 第一審原告は、同年五月四日に来日し、そのころ、乙山の事務所で、乙山、江藤支店長及び中川と会談し、江藤支店長から右の〈1〉ないし〈20〉の株式取引について説明を受け、多額の利益を得られたことに感謝した。

第一審原告は、同年八月一〇日から同月二六日にかけて本件東京電力株を売却し、右売却代金でソニーの転換社債とキャビンの公募株を購入した。

また、第一審原告は、同六三年一〇月一日、本件NTT株の株券を第一審被告から受領し、現在もこれを所持している。

3 第一審原告は、本件東京電力株及び本件NTT株の購入は、江藤支店長が第一審原告に無断で行ったものである旨主張しているが、右各株式の購入は前記2(四)の合意に基づいてなされたものであるから、右の主張は採用できない(なお、仮に、右の合意が存在しなかったとしても、第一審原告は、同六二年五月四日に来日後、江藤支店長から右各株式の購入について説明を受けた時点で、これを事後承諾したものと認められるから、結局、右の主張は理由がない。)。

4 第一審原告は、本件NTT株買付け当時、外国人は日本電信電話株式会社法四条によりNTTの株式を取得することができなかったから、本件NTT株の売買契約は無効であると主張している。

しかし、同法はその後改正され、現在では、外国人等議決権割合が五分の一以上になる場合に、その氏名及び住所を株主名簿に記載することが禁止されているにすぎず、外国人等がNTTの株式を取得すること自体は認められており、売買の目的が不能であるとの障害は既に除去されているのであるから、本件NTT株の売買は売買当時に遡って有効になったものと解するのが相当である。

5 第一審原告は、前記2(五)の〈3〉ないし〈20〉の株式取引は、手数料稼ぎを目的とした短期回転売買であるから、公序良俗に反し無効であると主張している。

しかし、右の各株式取引は、本件東京電力株及び本件NTT株の取引を除いていずれも利益を得ており、いわゆる利食いのために短期間で売買が繰り返されたものと認められ、手数料稼ぎを目的とした短期回転売買とは認められないから、右の主張は採用できない。

6 よって、第一審原告の本件東京電力株及び本件NTT株の購入代金相当額の預託金返還請求は理由がない。

第四  結論

以上の次第で、第一審原告の本訴請求はいずれも理由がないから、第一審被告の控訴に基づいて、原判決中の第一審被告敗訴部分を取り消し、右取消部分に係る第一審原告の請求を棄却し、第一審原告の控訴及び当審で追加した請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 林 道春)

裁判官 鬼頭季郎は転補のため署名、押印できない。

(裁判長裁判官 加茂紀久男)

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